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42年程前の就職活動(昭和の時代)

シニアライフ

42年程前の私の就職活動について、思いだしてみました。昭和の良き時代でありましたが、就職活動については、どうだったんでしょうか?まだ、大企業に就職するのが良しとする時代でしたが、それとは真逆の方向で就職活動をしていました。私は、運よくいい会社に入ることができました。


自分がやりたい住宅会社に入る事、そして地元に戻る事を最優先で考えていました。
👉多くの人の夢である家づくりをしたいと思っていました。東京は、5年間 
 住んでみて、住むところでない・自然が好きな自分には合ってないと思っていました。
 (1浪して予備校に1年)
②この時代は一生働く会社を選ぶという考えがあり、納得して自分にふさわしい会社
 を何とか選ぼうと考えていました。

👉やりがいが第一で大企業がすべてでないと思っていました。☞入れる頭も能力もありませんでした!
③その当時はリクルートの様なものはなく、新聞社の就職説明会(そこで頂いた求人
 案内パンフ)・職業安定所での求人募集を見て、候補を挙げていきました。
👉やはり、将来性・やりがい等を感じる会社に目が行きました。


④候補に挙がった会社は、それぞれ会社の将来性・社長のビジョン等が印象的な会社
に絞っていました。
👉私が絞った会社3社のうち2社がその後、倒産して今は存在しませんので、私の
 その時の目利き?運が良かったと思います。
就職試験は、ありませんでしたし、面接も応募した社員が集まり、会社の説明・社長の話を聞き、食して、最後に社長と握手して、合格した次第です。
👉その時に聞いた会社の夢は、素晴らしく希望が持てるものでしたし、考え方も新しさを感じましたので、合格通知を待っていました。しかし、握手としたら合格と後で聞き、とんでもない会社だと思いした。


社員が35名ほどの会社に新入社員が19名入りましたのでびっくりしました。就職活動した時に市内に3営業所の会社が、入社時には、他の市にも営業所を出し6営業所になっていましたので、さらに驚きました。
👉まさしくイケイケの会社で若々しい会社でもあり、責任も次ぎ次に持たされ、非常にやりがいのある、ワクワクする会社に入ったと思いました。
⑦ただ仕事量は、膨大で次々に舞い込みこのころのテレビの宣伝通り、「24時間働けますか?ビジネスマン・ビジネスマン」でした。
👉退社した時には、その分野では№1になるような福利厚生がしっかりした会社になっていました。

私は、こうして就職し40年弱同じ会社で勤務し、仕事を全うしたという思いで退職して、現在は「第2の人生」を歩んでおります。先にお話ししました「わが会社人生に悔いなし!」もぜひ、ご覧ください。


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