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わが会社人生に悔いなし!№8

シニアライフ

前回は、少し慣れてきてからの監督としての様々な出来事をお話ししました。今回は、監督が一堂に集まり、日々格闘する出来事のお話をしたいと思います。すでに私は退社していますが、ここでは「わが社」と言わせていただいています。

監督が一堂に集まる

今まで孤軍奮闘していましたが、1982年に3つのグループの監督が一堂に集まり現場を統括していくことになりました。同時にグループ会社が1つの会社にまとまりました。

①わからないことを悶々と考え、ある意味住宅の監督の素人の職人さん・住宅営業に教えを乞うてきましたが、これからは、プロの住宅の現場監督に教えて頂けるのです。
②今まで、苦労して借りていたトラックもある意味自由に使うことができるようになりました。
③現場の職人さんも3つのグループの職人さんを効率よく段取りして、お願いできるのです。
④今まで新人監督1人でしたが、同じ新人監督の同期が身近にいるのです。
⑤公私の悩みがすぐに聞け、解決の道筋がはっきり見えてきました。
⑥1人で仕事を行う難しさを実感する。
⑦チームで仕事を行う事の安心感を実感。
⑧先輩に何でも聞き、自分の知識の糧になる。
⑨まずは、先輩の真似をして、身についたところで自分が改善したいと思う事を実践する。
⑩どんな難題も仲間で「やらまいか精神」で解決できる。(1つの目標に向かって、力を合わせて行動するれば解決するという遠州の言葉)
⑪仕事も苦しくとも楽しくできました。
⑫大いに仕事をし、大いに遊びです。

とてつもない仕事量

①ひと時のピンチの時期を抜け、破竹の勢いで契約棟数があがり、とても1人では、まかないきれない現場の数。
②あまりに売れまくるので周りの住宅会社からの誹謗中傷が激しくなる。
③上記の具合で現場看板を一時期すべて取りやめる。それでも売れまくる。
④1件建てれば、紹介が出て、次から次へ契約が上がるいい意味恐ろしい状態。
⑤会議では、営業はいいが「監督に明日はない。」を発言をしました。
⑥プレカットの威力がすごく、加工間違いがなく、どの現場も同じ強さの構造で自信がみなぎる。
⑦わが社の建物は、材料の量が他社を凌駕して、地震対策の筋違い等半端ない数が1件に使用されていた。
⑧こんな状況だから、すべての現場に職人さんが集まらない。構造部は、プレカット工場で安心だが、建てる大工及び仕上がりが問題になってきていた。
⑨1981年には、ほぼ100%和風住宅であったが、洋風住宅を手掛けるようになったのでより売れるようになった。
⑩1982年には、新しい洋風の規格住宅・和風のヒット商品が出て、売れまくる。

次回は、契約の勢いが加速するに伴い、現場での波乱万丈の出来事をお話ししたいと思います。ぜひ、ご覧ください。

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